「分子相同性仮説」って、一体何のこと?
まず、この「分子相同性仮説」について、少しだけお話しさせてくださいね。
これは簡単に言うと、「HPVワクチンが体に入ると、そのワクチンの成分が、私たち自身の体の成分(タンパク質)とそっくりだから、体が間違って自分自身を攻撃しちゃうんじゃないか?」という考え方なんです。専門用語では「自己免疫反応」って言いますが、アレルギー反応のようなものだとイメージしてもらえると分かりやすいかもしれません。
もし本当にそうだとしたら、確かに心配になりますよね。だからこそ、この仮説は、HPVワクチン接種後に報告された神経症状や自己免疫反応が副反応として生じる可能性を説明するものとして、長い間、社会的に議論されてきました。特に、日本では2013年頃からこの懸念が広がり、HPVワクチンの接種率が著しく下がってしまったという悲しい歴史があります。
しかし、この仮説が本当に正しいのか、科学的な裏付けは十分ではなかったというのが実情でした。免疫反応が起こるためには、抗原(ワクチンの成分など)と体のタンパク質が、抗体が認識できる特定の部位(エピトープ)で、完全に一致している必要があるんです。これまでの分子相同性仮説の多くは、抗体が認識しない領域を含めて解析していたり、エピトープのごく一部分だけが一致していることを根拠にしていたため、その妥当性には疑問が残されていたのです。
近畿大学の研究チームが、この疑問に挑んだ!
そんな中、近畿大学医学部(大阪府堺市)の産科婦人科学教室主任教授である松村謙臣先生と、微生物学教室主任教授の角田郁生先生を中心とする研究グループが、「本当に分子相同性なんてあるの?」という長年の疑問に、正面から向き合ってくれました。
彼らは、これまでの「分子相同性仮説」を主張してきた研究グループと全く同じコンピューター解析の手法を使って、HPVワクチン抗原とヒトのタンパク質を詳細に比較することにしたんです。これは、先行研究の結果が再現できるのか、そしてその仮説が本当に科学的に正しいのかを、徹底的に検証しようという試みでした。
研究チームは、HPVワクチンに含まれる抗原であるHPV16 L1タンパク質について、免疫応答に関与することが知られている22種類のエピトープを抽出し、それらのアミノ酸配列をヒトのタンパク質のエピトープと網羅的に比較しました。これにより、抗体が認識する「目印」となる部分に本当に類似性があるのかを、非常に厳密に調べることができたのです。
科学が導き出した、安心の答え!
そして、ついに研究の結果が発表されました!
結論から言うと、HPVワクチン抗原とヒトのタンパク質との間に、自己免疫反応や神経症状を引き起こすような「分子相同性」は、存在しないことが明らかになったんです。
研究チームが、HPV16 L1のいずれのエピトープについても詳しく調べた結果、ヒトタンパク質と全長にわたって完全に一致するアミノ酸配列は、一つも見つかりませんでした。つまり、HPVワクチンを接種しても、体が自分自身を間違って攻撃してしまうような、決定的な「そっくりさん」は存在しない、ということなんですね。これは、私たちが安心してワクチン接種を考える上で、非常に大きな安心材料となるでしょう。
もちろん、ごく短い部分の配列が偶然一致する例はいくつか認められたそうです。でも、これは他のウイルス抗原(B型肝炎ウイルスやRSウイルスなど)でも同じように観察されることで、さらに無作為に生成したアミノ酸配列でも確認されました。これは、生物学的に見て特別な意味を持つものではなく、免疫学的な交差反応や自己免疫反応を説明する根拠にはならないと判断されました。
この画期的な論文は、令和8年(2026年)1月8日に、日本癌治療学会が発行する国際的な学術誌「International Journal of Clinical Oncology」にオンライン掲載されました。科学の厳しい目で検証され、認められた結果なんです。
不安の根源を断ち切る、科学の力
この研究結果は、これまでHPVワクチンの安全性に疑問を投げかけ、社会的な懸念の根拠とされてきた「分子相同性仮説」が、科学的な根拠に乏しいことを明確に示しています。「もしかしたら、ワクチンで病気になるかも…」と心配していた方にとって、これは本当に大きな安心材料になるのではないでしょうか。
世界保健機関(WHO)も、HPVワクチンの安全性と有効性を確認していますし、国内外の多くの研究でも、子宮頸がんの予防に非常に効果的であることが示されています。今回の研究は、私たちがHPVワクチンに対する正確な知識を持ち、安心して予防に取り組むための、とても大切な一歩だと感じています。
子宮頸がんから、私たち自身を守るために
子宮頸がんは、女性の健康と命を脅かす深刻な病気です。早期発見・早期治療がとても大切ですが、何よりも予防が一番です。HPVワクチンは、子宮頸がんの主な原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を高い確率で防いでくれます。感染する前にワクチンを接種することで、子宮頸がんの発症リスクを大幅に減らすことができるのです。
今回の研究で、長年の不安の根源が科学的に否定された今、改めてHPVワクチンの重要性について考えてみませんか?もちろん、ワクチン接種は個人の判断です。でも、正しい情報に基づいて、納得のいく選択をすることが、何よりも大切だと私は思います。もし、まだ迷っている方がいたら、ぜひ今回の研究結果を参考に、かかりつけ医や専門家と相談してみてくださいね。
研究者の想い
今回の研究をリードした近畿大学医学部産科婦人科学教室の松村謙臣主任教授も、次のようにコメントされています。
「本研究では、HPVワクチンと神経症状を結び付ける根拠として引用されてきた分子相同性仮説について、同一の解析手法を用いて科学的に検証しました。その結果、自己免疫反応を引き起こし得る分子相同性は確認されず、この仮説は支持されないことが明らかになりました。本研究成果が、HPVワクチンに関する誤解の解消と、科学的根拠に基づいた正確な理解につながることを期待しています。」
研究者の方々も、私たち一人ひとりの健康と安心を心から願って、日々研究に励んでいらっしゃるんですね。
最後に
病気と向き合うことは、時にとても孤独で、不安なことだと思います。特に、予防のための医療行為に対して、様々な情報が飛び交う中で、どれを信じて良いのか分からなくなることもあるでしょう。
でも、科学は常に進化し、私たちの疑問や不安に寄り添い、答えを探し続けています。今回の研究結果が、HPVワクチンへの誤解を解き、子宮頸がんから身を守るための前向きな選択肢を考えるきっかけになることを心から願っています。正しい情報を知り、自分自身の健康を守るために行動すること。それが、私たちにできる一番大切なことかもしれませんね。
用語解説
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分子相同性(molecular mimicry):
病原体由来の抗原(ウイルスや細菌の一部)と、私たち自身の体のタンパク質が、分子レベルでとっても似ていること。もし似すぎていると、体が病原体を攻撃するために作った抗体(免疫の武器)が、間違って自分自身の体を攻撃してしまうことがあると考えられていました(自己免疫反応)。今回の研究では、HPVワクチン抗原とヒトタンパク質の間に、自己免疫反応を引き起こすような分子相同性は見つかりませんでした。 -
エピトープ:
抗体や免疫細胞が、抗原(病原体など)を認識して結合する、タンパク質の中の特定の「目印」のような部分のこと。アミノ酸の特定の並び方や、タンパク質の形(立体構造)がエピトープとなります。自己免疫反応が起こるためには、病原体のエピトープと、私たち自身の体のエピトープが、免疫学的に意味のある形で完全に一致している必要があります。HPVワクチンにおいては、抗体が認識するL1タンパク質のエピトープと、ヒトタンパク質のエピトープとの間に、そのような一致は確認されませんでした。 -
交差反応性自己抗体:
本来はウイルスなどの病原体と戦うために作られた抗体なのに、その構造が私たちの体自身のタンパク質と似ていたために、間違って自分の体を攻撃してしまう可能性のある抗体のこと。今回の研究では、HPVワクチンによって、このような抗体が作られる可能性は低いことが示されました。
関連リンク
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近畿大学 医学部 医学科 教授 松村謙臣: https://www.kindai.ac.jp/meikan/2124-matsumura-noriomi.html
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近畿大学 医学部 医学科 教授 角田郁生: https://www.kindai.ac.jp/meikan/1503-tsunoda-ikuo.html
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近畿大学 医学部: https://www.kindai.ac.jp/medicine/
