「誘われたら断らない」精神で切り拓いた道:日本薬剤師会会長・岩月進氏の半生
病気と向き合う日々の中で、私たちは様々な不安や疑問を抱えることでしょう。「この薬、本当に効くのかな?」「飲み合わせは大丈夫?」「もっと良い治療法はないの?」そんな時、あなたの身近にいる頼れる専門家が薬剤師です。今回は、名城大学薬学部を卒業し、現在、日本薬剤師会(日薬)の会長を務める岩月進さんの半生にスポットを当て、薬剤師が私たちの健康や生活にどのように寄り添い、貢献しているのかを探ります。
岩月さんは、1893年(明治26年)に設立され、133年の歴史を持つ日本薬剤師会の会長として、全国の薬剤師を牽引する存在です。名城大学出身者としては初めての会長就任という快挙を成し遂げました。彼が学生時代から貫いてきたという「誘われたら断らない」という生き方は、その後のキャリアを大きく広げ、多くの人との出会いを生み出す原動力となりました。

自由な学生生活と貴重な出会い
岩月さんは1955年、安城市に生まれ、名古屋市瑞穂区で育ちました。東海中学・高校ではラグビーに打ち込む日々を過ごし、高校卒業後、名城大学薬学部に入学します。ラグビーから離れ、自由な時間を持てることに高揚感を覚えたといいます。軽音楽同好会に入り、ベースやドラムを演奏するなど、音楽に夢中な学生生活を送りました。高校時代とは異なる、ゆるやかな活動の中で、先輩や同期、後輩たちとの多くの出会いから学びを得ました。
この学生時代の経験から培われたのが、「誘われたり頼まれたりしたら断らない」という生き方です。このオープンな姿勢が、岩月さんの人間関係を広げ、後のキャリアに大きな影響を与えることになります。一見すると気楽な学生生活に見えるかもしれませんが、こうした人との繋がりを大切にする姿勢こそが、薬剤師という仕事、ひいては社会貢献において非常に重要な素養となるのでしょう。

研究者への夢と予期せぬ転機
岩月さんが薬学部に入学した1974年は、薬学部が創立20周年を迎えた年でした。化学が好きで研究者を目指していた岩月さんは、製薬学科を選択します。薬剤学研究室に配属され、熱心に研究に取り組んでいましたが、ある薬の開発中止という予期せぬ出来事により、卒業論文のテーマを失ってしまいます。この悔しさから、卒業後も研究者としてアメリカで学びたいという希望を抱きますが、当時の教授からは「長男だし家のこともあるだろう。製薬会社に入って、研究職ではなくて営業職からスタートした方がいい」と諭されます。
この言葉を受け、岩月さんは塩野義製薬に就職します。当時の製薬会社が集まる大阪の道修町は、まさにビジネスの中心地でした。新入社員に対する厳しい営業研修を経て、社会人としての基礎を築きます。しかし、入社3年目に父親が病で倒れたことをきっかけに、岩月さんは故郷での再出発を決意し、塩野義製薬を退社します。

薬局経営から「くすりのプロ」へ:薬剤師の役割の変化
実家は三河地方で4代続く食品卸会社でしたが、岩月さんは薬剤師の資格を活かし、薬局を開くことを決意します。1年間の修行を経て、1981年に家業の名を残した「ヨシケン岩月薬局」を刈谷市に開局します。当時の薬局は「雑貨売り場のような状態」で、薬剤師が薬のプロとして仕事ができる医薬分業はまだ進んでいませんでした。しかし、妻である雅美さんの支えもあり、薬局経営を3店舗にまで広げます。
この頃から、薬剤師の役割は大きく変化していきます。かつては薬を渡すだけの場所だった薬局が、医薬分業の進展とともに、薬の専門家として患者さんの薬物治療をサポートする重要な拠点となっていったのです。病気で困っている私たちにとって、薬剤師が薬の飲み方や副作用について丁寧に説明し、疑問に答えてくれることは、治療を安心して続ける上で欠かせない存在となりました。
介護保険制度の開始とケアマネージャーとしての挑戦
2000年(平成12年)に介護保険制度がスタートしたことは、岩月さんのキャリアに新たな転機をもたらします。この制度は、高齢者の介護を社会全体で支える画期的な仕組みでした。当時、愛知県薬剤師会理事であり、日本薬剤師会常務理事でもあった中西敏夫さんの「介護を受ける人たちは薬を使っている人が多い。介護には薬剤師も参入すべきだ」という言葉に共感した岩月さんは、ケアマネージャーの資格取得に挑戦し、見事に合格。ケアマネージャー1期生として、薬局に併設して居宅介護支援の有限会社「ファーマケア」を開設しました。
病気や高齢で生活に不安を抱える方々にとって、介護のサポートは非常に重要です。薬剤師がケアマネージャーとして関わることで、薬の専門知識を活かしたケアプランの作成や、多職種連携を通じた総合的な支援が可能になります。岩月さんのこの取り組みは、薬局が単なる薬の販売所ではなく、地域住民の健康と生活を支える「多機能な拠点」へと進化する可能性を示したと言えるでしょう。
地方から中央へ:医療制度改革への貢献
刈谷薬剤師会会長を務めていた岩月さんは、48歳だった2004年から活動の場を全国へと広げます。中西敏夫さんの要請を受け、日本薬剤師会の常務理事に就任したのです。常務理事として岩月さんが担当したのは「社会保険」。これは、私たちの健康保険など、公的保険から医療機関に支払われる報酬を見直す「診療報酬改定」と向き合う重要な役割でした。中央社会保険医療協議会(中医協)では、診療側、支払者側、学識経験者の中立委員が議論を交わす場で、中医協委員を支える役割を担いました。
診療報酬改定は、私たちが受ける医療サービスの内容や、医療費の負担に直接影響する、非常に重要な会議です。薬剤師がこのような国の医療制度の根幹に関わることで、薬局で受けられるサービスや、薬剤師による指導の質が向上し、結果として病気で困っている私たちがより良い医療を受けられるようになることに繋がります。岩月さんは週に1、2回は東京へ赴き、この重責を3期6年間務め上げました。
さらに2010年からは、日本ジェネリック医薬品学会理事も務めました。ジェネリック医薬品は、新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に販売される、同じ有効成分・同等の効き目を持つ低価格な医薬品です。岩月さんは、ジェネリック医薬品の先進国であるドイツなどヨーロッパを視察し、その普及活動に全国各地で尽力しました。
病気で継続的に薬が必要な方にとって、薬代は大きな負担になることがあります。ジェネリック医薬品の普及は、医療費を抑え、患者さんの経済的負担を軽減する上で非常に重要です。薬剤師が医師と協力し、ジェネリック医薬品の安全性や有効性について正しい知識を広めることは、私たちが安心して治療を続けるための大きな支えとなります。
日本薬剤師会の新たな牽引役として
2024年6月、岩月さんは日本薬剤師会の新会長に就任しました。これは10年ぶりの会長交代であり、名城大学出身者としては日薬133年の歴史で初の快挙です。明治26年の発足以来、会長職は東京帝大や京都大の教授らが務めることが多かった中、全国の薬剤師会出身の会長が誕生するようになったのは、医薬分業が定着し始めた1994年以降のことです。岩月さんは26人目の会長として、その重責を担っています。
日薬会長就任前の岩月さんは、愛知県薬剤師会の副会長、そして会長を4期8年務めました。愛知県薬剤師会会長時代には、「アルカモネ」という医薬品情報共有システムの構築に取り組み、地域ごとの薬剤師会が連携し、薬の分譲など協力体制を後押しする狙いがありました。これは、地域医療において薬剤師が互いに協力し、患者さんにより良いサービスを提供するための基盤作りと言えるでしょう。
2024年6月30日の会見で、岩月さんは「時代の変化に対応できる日本薬剤師会にしたい」と抱負を述べました。会長就任後、岩月さんの1週間の生活は、3、4日が東京での公務、週末は全国各地での講演や会合という多忙な日々が続いています。薬剤師を前に、医療環境の変化、地域医薬品提供体制、OTC(一般用医薬品)・在宅医療、医師との役割分担、薬局DX・AIなど、幅広いテーマについて語り続けています。
「今までの延長線上に未来はないことは分かっている。いろんな情報を蓄えて、手に入れて、どういう方向に持っていくか、本当に難しい時代です。将来どうあるべきか、そのためには何をすべきなのか。その5年前には何をしておくべきか、物事は逆算で考えた方がいいかもしれません」と語る岩月さんの言葉からは、未来を見据え、常に変化に対応していこうとする強い意志が感じられます。病気で困っている私たちにとって、未来の医療がどのように進化していくのか、そして薬剤師がその中でどのような役割を果たすのか、岩月会長のリーダーシップに大きな期待が寄せられています。
母校への誇りと後輩へのメッセージ:未来の薬剤師へ
2026年、名城大学は開学100周年を迎えました。岩月さんは母校について、「歴史ある大学になったなあと思います。社会で必要とされる知識や能力を身につけさせて送り出すのが大学の使命だとするならば、それを100年間やってきたということ。世の中のあらゆる分野で名城大学の卒業生たちがなにがしかの役割を担っている。それはすごく大きな財産だと思う」と誇らしげに語ります。
実際に、全国各地の薬剤師会では、名城大学薬学部出身の会長が活躍しています。愛知県薬剤師会の川邉祐子会長、岐阜県薬剤師会の棚瀬友啓会長、宮崎県薬剤師会の野邊忠浩会長、沖縄県薬剤師会の前濱朋子会長など、多くの卒業生が薬剤師会のリーダーとして地域医療を支えています。病気で困っている私たちを支える薬剤師の中には、名城大学で学び、社会に貢献している方がたくさんいるのですね。
岩月さんは、後輩である学生たちへのアドバイスとして、「語学学習と海外体験」を即答しました。日薬会長として、デンマークで開催された世界薬学連合総会に出席したり、東京で大使館のレセプションに招かれたりする中で、語学の大切さを痛感しているといいます。「薬学部の皆さんにとっては、日本の薬局サービスのノウハウを東南アジアなど海外に普及、展開する時代に入っているわけですからとりわけ大切です」と、グローバルな視点での活躍の重要性を説いています。未来の薬剤師が、世界を舞台に活躍し、日本の優れた医療サービスを広めていく姿は、病気で苦しむ世界中の人々にとって、きっと大きな希望となることでしょう。
まとめ:薬剤師はあなたの健康のパートナー
岩月進さんのキャリアを振り返ると、薬剤師が単なる薬の専門家にとどまらず、地域医療、介護、そして国の医療制度改革にまで深く関わり、私たちの健康と生活を多角的に支える存在へと進化してきたことが分かります。病気で不安な時、薬のことで困った時、あるいは介護の相談をしたい時、あなたの身近な薬局の薬剤師は、きっと頼れるパートナーとなってくれるはずです。
日本薬剤師会会長として、未来の医療を見据え、薬剤師の役割を広げようと尽力する岩月さんの姿は、私たちに安心と希望を与えてくれます。これからも薬剤師が、病気と向き合うすべての人々にとって、かけがえのない存在であり続けることを期待しましょう。困ったことがあれば、ぜひお近くの薬局の薬剤師に相談してみてください。彼らはあなたの健康のために、いつでも力になってくれるでしょう。
