導入:膵臓がんの早期発見が、あなたの未来を変える鍵

膵臓がんは、その性質上、早期発見が非常に難しいがんです。多くの場合、自覚症状が現れた時には病状がかなり進行していることが少なくありません。進行期の膵臓がんの5年生存率は残念ながら数パーセントにとどまると報告されています。しかし、もしごく早期の段階(ステージ0~IA)で見つけることができれば、5年生存率は80%以上にもなると言われています。この数字が示すように、膵臓がんと闘う上で「いかに早く見つけるか」が、その後の人生を大きく左右する鍵となるのです。

しかし、「早期発見が重要」と分かっていても、現実には様々な困難が立ちはだかります。現在行われている検査には、それぞれ課題があり、特に膵臓がんになるリスクが高いとされる方々(ハイリスク患者)から、効率的にがんを見つけ出すことが非常に難しい状況でした。

そんな中、病気と向き合う多くの人々にとって、希望の光となるかもしれない研究成果が発表されました。バイオAIスタートアップのCraif株式会社と川崎医科大学附属病院消化器内科の吉田浩司教授らの共同研究です。この研究では、なんと「尿」に含まれるごく小さな物質「マイクロRNA」をAI(人工知能)で解析することで、膵臓がん患者と、がんになるリスクが高い「ハイリスク患者」を高い精度で識別できる可能性が示されたのです。これは、患者さんにとって負担が少なく、継続的に検査できる新しい方法が生まれる大きな一歩となるでしょう。

膵臓がん、なぜ見つけにくい?現行の検査法の課題

膵臓がんの早期発見が難しい理由の一つに、膵臓という臓器の特性が挙げられます。膵臓は体の奥深くに位置しており、初期の小さながんでは自覚症状がほとんどありません。また、進行して症状が出たとしても、背中の痛みや消化不良など、他の病気と区別しにくい症状が多いことも、発見を遅らせる要因となっています。

診断の遅れは、患者さんご自身だけでなく、ご家族にとっても計り知れない不安と苦痛をもたらします。もし、もっと早く見つけられていたら、という後悔の念に駆られることも少なくありません。だからこそ、患者さんの心と体の負担を最小限に抑えつつ、確実に早期発見できる方法が、長らく求められてきたのです。

現在、膵臓がんの検査にはいくつか方法がありますが、それぞれに一長一短があります。

    • 腹部超音波検査:比較的簡便に受けられる検査ですが、膵臓は胃や腸のガスに隠されやすく、小さながんや、膵臓の尾部にあるがんは見つけにくいことがあります。また、検査を行う技師の技術にも左右されることがあります。

    • 造影CT・MRI/MRCP:進行したがんの診断には有効ですが、ごく早期の小さながんを見つけるのは難しい場合があります。また、造影剤を使用するため、アレルギーのリスクや腎機能に制限がある方もいます。費用も比較的高く、頻繁に受けるのは負担が大きいかもしれません。

    • EUS(超音波内視鏡):内視鏡を胃や十二指腸まで挿入し、その先端についた超音波装置で膵臓を直接観察する検査です。早期の病変を見つける能力は特に高いとされていますが、体への負担が大きく、専門的な技術を持つ医師がいる限られた施設でしか受けられないという課題があります。

    • 血液検査(腫瘍マーカーCA19-9など):採血だけで行えるため体への負担は少ないですが、CA19-9は進行したがんで上昇しやすいものの、早期の膵臓がんでは感度が低いことが知られています。また、膵臓がん以外の病気でも高値を示すことがあるため、これだけで診断することはできません。

特に、糖尿病を患っている方、慢性膵炎の既往がある方、膵臓に嚢胞がある方、IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)と診断された方、そして血縁者に膵臓がんの経験者がいる方など、特定の「リスク因子」を持つ人々は、一般の方よりも膵臓がんを発症するリスクが高いと言われています。これらの「ハイリスク患者」の中から、効率的に、そして早期に膵臓がんを見つけ出すことが、現在の医療における大きな課題なのです。患者さんにとって負担が少なく、定期的に継続して検査できる、新しい方法が強く求められていました。

しかし、これらのハイリスク患者の方々は、たとえまだがんを発症していなくても、膵臓の炎症や前がん病変など、健康な方とは異なる体の状態にあることが考えられます。そのため、体の中の分子レベルでは、健康な方よりも膵臓がん患者に近いmiRNAプロファイルを示す傾向があると考えられ、両者を高い精度で区別することは、非常に難しいとされてきました。

希望の光、尿検査による早期発見の可能性

このような状況の中、今回の研究は、多くの人々にとって大きな希望をもたらすものです。もし、自宅で手軽にできる尿検査で、自分の膵臓がんのリスクや、もしかしたら既にがんが潜んでいる可能性を早期に知ることができたら、どれほど安心できるでしょうか。この研究は、そんな未来を現実のものにしようとしています。

研究チームは、尿中に含まれる「エクソソーム」という小さな袋を回収し、その中にある「マイクロRNA」という物質を詳しく解析しました。そして、このマイクロRNAのパターンをAI(人工知能)が学習・解析することで、「膵臓がん患者」と「ハイリスク患者」を区別できるかどうかを評価したのです。

マイクロRNAって何だろう?

ここで少し、マイクロRNAについて説明しましょう。

マイクロRNA(1)は、私たちの体の中にあるごく小さなRNAの一種です。RNAは、DNAに書かれた遺伝情報を読み取り、タンパク質を作るための設計図のような役割を担っています。しかし、マイクロRNAは、タンパク質を作るための設計図ではなく、まるで「体の活動を調整するスイッチ」のように働きます。細胞の中で様々な種類のマイクロRNAが、遺伝子の働きを細かく調節しているのです。

病気になると、このマイクロRNAの量や種類が変化することが知られています。特に、がん細胞は健康な細胞とは異なるマイクロRNAを放出することがあり、これらが血液や尿といった体液中に流れ出すことがあります。つまり、尿中のマイクロRNAを調べることで、体のどこかに異常が起きているサインをキャッチできる可能性があるのです。マイクロRNAは、まるで私たちの細胞が発信する「秘密のメッセージ」のようなものです。健康な時は決まったメッセージを送っていますが、病気になると、そのメッセージの内容や送り方が変わってきます。今回の研究では、AIがこの「秘密のメッセージ」のわずかな変化を読み解き、病気のサインを見つけ出すことに成功したのです。

AI(人工知能)が病気のサインを見つける

今回の研究では、この尿中のマイクロRNAの複雑なパターンを、AI(人工知能)が解析しました。AIは、大量のデータの中から、人間では気づきにくい微細な法則やパターンを見つけ出すのが得意です。今回の研究では、膵臓がん患者とハイリスク患者、そして健康な人の尿から得られたマイクロRNAのデータをAIに「学習」させ、その特徴を覚えさせました。

このAIによる解析の結果、膵臓がん患者とハイリスク患者を識別する性能を示す指標である「AUC(ROC曲線下面積)」は、訓練データで0.888、そして訓練に使っていない新しいデータであるテストデータでも0.889という高い数値を示しました。AUCは1に近いほど識別精度が高いことを意味しますので、この数値は、これまで区別が困難とされてきた両者を、非常に高い精度で判別できる可能性を示唆しています。AIがまるで「熟練の医者が見逃さないような微細な変化を見つける名探偵」のように、病気のサインを的確に捉えていると言えるでしょう。

論文掲載 尿中マイクロRNAで ハイリスク患者からすい臓がんを検知

今回の研究で分かったことと、その意義

今回の共同臨床研究は、5つの医療機関が協力し、膵臓がん患者144名、ハイリスク患者109名、健康成人26名の尿検体を用いて行われました。この大規模な研究から、いくつかの重要な発見がありました。

1. 健康な集団とは異なる「ハイリスク患者のシグナル」を確認

膵臓がん患者、ハイリスク患者、そして健康な成人のマイクロRNAの発現量を比較したところ、膵臓がん患者とハイリスク患者に共通して上昇するマイクロRNAが多数存在することが明らかになりました。これは、「がんになる前の段階」から、全身の状態変化が尿中のマイクロRNAに反映されている可能性を示唆しています。つまり、まだがんが診断されていなくても、リスクの高い方々の体の中では、何らかの変化が起こり始めていることを、尿中のマイクロRNAが教えてくれるかもしれない、ということです。これは、早期発見に向けた非常に重要な手がかりとなります。

2. 膵臓がん vs ハイリスク患者を高精度に識別

前述の通り、AI解析によって、膵臓がん患者とハイリスク患者を高い精度で識別できることが示されました。これまでの検査では、ハイリスク患者はがんではないものの、炎症などの影響でがん患者と似たような生体情報を示すことがあり、区別が困難でした。しかし、今回の尿中マイクロRNAとAIの組み合わせは、この難しい課題に一石を投じるものです。

すい臓がん診断補助医療機器プログラムの概念図
この図は、健康な方、すい臓がんハイリスク患者、すい臓がん患者を識別する難しさと、miSignalの役割を示しています。

3. CA19-9とは異なる生体情報を反映している可能性

さらに興味深いことに、尿中マイクロRNA検査で検出できた膵臓がんは、従来の血液検査で用いられる腫瘍マーカーCA19-9で陽性となった膵臓がん患者との相関が弱いことが示されました。これは、尿中マイクロRNAがCA19-9とは異なる種類の生体情報を反映している可能性を示唆しています。

つまり、CA19-9で異常が見つからなくても、尿中マイクロRNA検査で異常が見つかる、あるいはその逆のケースもあるかもしれません。このことから、尿中マイクロRNA検査をCA19-9や、その他の画像検査などと組み合わせることで、より網羅的で高精度な膵臓がんスクリーニング戦略を構築できる可能性が期待されます。

ハイリスク患者ってどんな人?

今回の研究で特に注目された「ハイリスク患者」とは、具体的にどのような方を指すのでしょうか。本研究では、以下のいずれか一つ以上を有する患者さんを「すい臓がんのリスク因子を有する患者(2)」と定義しています。

    • 2型糖尿病:特に新しく発症した糖尿病や、これまでコントロールできていた糖尿病が急に悪化した場合は注意が必要です。膵臓の機能と深く関連しているため、リスク因子の一つとされています。

    • 慢性膵炎:膵臓に炎症が慢性的に続く病気です。炎症が続くことで、がんが発生するリスクが高まると考えられています。

    • すい臓がんの家族歴:血縁者に膵臓がんを患った方がいる場合、遺伝的な要因も関連している可能性があるため、リスクが高まります。

    • IPMN(Intraductal Papillary Mucinous Neoplasm:膵管内乳頭粘液性腫瘍):膵臓にできる粘液性の腫瘍の一種で、一部はがん化する可能性があります。

    • 膵嚢胞:膵臓にできる液体の袋状の病変です。種類によってはがん化のリスクがあるため、経過観察が必要です。

    • 膵管拡張:膵臓の中を通る膵管が広がっている状態です。これも膵臓の異常を示すサインとなることがあります。

これらのリスク因子を持つ方は、定期的な検査が特に重要ですが、現状の検査では負担が大きかったり、早期発見が難しかったりする課題がありました。今回の研究は、まさにこうした方々のために、より簡便で高精度な検査を提供できる未来への道を開くものと言えるでしょう。

この研究が意味すること:負担の少ない継続的なモニタリングへの期待

今回の研究成果は、膵臓がんの早期発見におけるパラダイムシフトをもたらす可能性を秘めています。

患者さんの負担軽減と、早期発見の機会の拡大

尿検査は、採血のように針を刺す必要がなく、また内視鏡検査のように体への負担が大きいものでもありません。自宅で手軽に検体を採取できるため、患者さんにとって非常に負担が少ない検査方法です。これにより、ハイリスク患者の方々が、心理的・身体的な負担なく、より頻繁に、そして継続的に検査を受けられるようになることが期待されます。

継続的なモニタリングが可能になれば、がんがごく初期の段階で発生したとしても、その変化を早期に捉えることができるかもしれません。早期発見は、治療の選択肢を広げ、生活の質(QOL)を大きく向上させることにつながります。手術で完治を目指せる可能性が高まり、これまでのように進行したがんと向き合う苦しさから解放されるかもしれません。愛する家族との時間を長く持ち、これまで通り趣味や仕事に打ち込める可能性が広がることは、何物にも代えがたい希望となるでしょう。

将来の医療への貢献

この研究は、まだ「探索的研究」という前段階のものです。しかし、この知見は、Craif株式会社が現在、薬事申請を目指して進めている「すい臓がん診断補助医療機器プログラム」の多施設共同臨床試験(ピボタル試験)において、AIアルゴリズムの評価に活用されています。今回の成果は、まさにその大きな目標に向けた、確かな一歩と言えるでしょう。

将来的には、この尿中マイクロRNA検査が実用化されれば、健康診断の一環として、あるいはリスク因子を持つ方々が自宅で手軽に検査を受けることで、膵臓がんの早期発見率が劇的に向上するかもしれません。

Craif株式会社について

今回の画期的な研究を推進しているCraif株式会社は、2018年に創業したバイオAIスタートアップです。同社は、尿をはじめとする体液から、DNAやマイクロRNAなど多様なバイオマーカーを高精度に検出する独自の解析技術基盤「NANO IP®︎(NANO Intelligence Platform)」とAI技術を融合させることで、がんの超早期発見・早期治療・早期復帰を可能にする革新的な検査の開発に取り組んでいます。

Craif株式会社は、「人々が天寿を全うする社会の実現」というビジョンを掲げています。同社は、単に新しい検査を開発するだけでなく、その技術を通じて「人々が安心して、人生の最期まで自分らしく生きられる社会」の実現を目指しています。病気の不安に怯えることなく、誰もが希望を持って日々を過ごせるように、という強い願いが込められています。バイオテクノロジーとAIの力を社会に広く届けることで、一人ひとりが安心して長く健康に生きられる社会を目指しています。今回の研究成果は、そのビジョンを現実のものとするための、重要なマイルストーンとなるでしょう。

Craif株式会社について、さらに詳しく知りたい方は、以下のウェブサイトをご覧ください。

論文情報

今回の研究成果は、以下の学術誌に掲載されました。

まとめ:未来への希望を胸に

膵臓がんの早期発見は、これまで非常に難しい課題でした。しかし、今回の尿中マイクロRNAとAI解析を組み合わせた研究は、この課題を乗り越え、多くの病気で困っている方々に新たな希望をもたらす可能性を秘めています。

患者さんにとって負担の少ない尿検査で、がんになるリスクが高い方々から、ごく早期の膵臓がんを見つけ出すことができる未来。それは、これまで諦めかけていた命を救い、より多くの人々が安心して天寿を全うできる社会へとつながる、大きな一歩となるでしょう。

この研究はまだ始まったばかりですが、今後のさらなる進展に、私たちは大きな期待を寄せています。一人でも多くの方が、早期発見・早期治療の恩恵を受け、健康で充実した人生を送れるようになることを心から願っています。私たちは、この素晴らしい技術が一日も早く、必要な人々の手に届くことを期待し、その進展を応援していきましょう。