食道がん、早期発見の難しさと新たな希望

皆さん、食道がんという病気をご存知でしょうか?食道がんは、早期の段階ではこれといった自覚症状がほとんどなく、気づいた時にはすでに病気が進行している、というケースが少なくありません。そのため、残念ながら診断された時には治療が難しい状態になっていることもあり、早期発見が非常に重要だと言われています。

現在、食道がんの精密検査として広く行われているのは、内視鏡検査です。内視鏡検査は、口から細い管を入れて食道の中を直接観察する検査で、病変を正確に確認できる強力な方法です。しかし、この検査は身体への負担が大きく、定期的に、特に症状がない段階で受け続けるのは、なかなか大変だと感じる方も多いのではないでしょうか。

そんな中、食道がんの早期発見に大きな希望をもたらすかもしれない、画期的な技術が開発されたというニュースが飛び込んできました。なんと、尿を採取するだけで食道がんの可能性を効率的に検出できるかもしれないというのです!今回は、この新しい技術について、皆さんに分かりやすくお伝えしたいと思います。

なぜ食道がんは早期発見が難しいの?

食道は、口から胃へと食べ物を運ぶ管状の臓器です。この食道にできるがんが「食道がん」です。
食道がんの主な原因としては、喫煙や過度な飲酒、熱い飲食物の摂取などが挙げられます。特に、日本人に多い食道扁平上皮がん(ESCC)は、お酒を飲むと顔が赤くなる体質の人や、喫煙習慣がある人に多く見られると言われています。

この病気が厄介なのは、初期の段階ではほとんど症状が出ないことです。がんが小さいうちは、食道に違和感を感じることもなく、健康な時と何ら変わりなく過ごしてしまいます。
しかし、がんが進行して大きくなると、食べ物が飲み込みにくくなったり、胸のあたりに痛みを感じたり、声がかすれたりといった症状が出てきます。これらの症状が出た時には、すでにがんがかなり進行していることが多く、治療もより複雑になる傾向があります。

だからこそ、症状が出る前の「早期の段階」でがんを見つけることが、治療の成功にとって非常に大切なのです。

これまでの食道がん検査の課題

食道がんの早期発見には、やはり内視鏡検査が最も有効とされています。内視鏡検査では、医師が食道の粘膜を直接見て、がんの兆候がないかを確認します。疑わしい部分があれば、組織の一部を採取して詳しく調べる「生検」を行うこともできます。

しかし、先ほどもお話ししたように、内視鏡検査にはいくつかの課題があります。
まず、検査を受ける人にとっては、身体的な負担が大きいという点です。口から内視鏡を入れるため、吐き気を感じたり、喉に不快感があったりすることがあります。鎮静剤を使って眠っている間に検査を行うこともありますが、それでも検査後の倦怠感や、検査を受けること自体への心理的な抵抗を感じる人は少なくありません。
また、検査には時間もかかりますし、専門の医療機関で予約を取る必要もあります。忙しい日々の中で、症状もないのに定期的に内視鏡検査を受け続けるのは、なかなか難しいのが現実でしょう。

このような理由から、もっと手軽に、そして身体への負担が少なく、食道がんのリスクを調べられる方法が求められていました。

尿で食道がんが見つかる!?画期的な新技術の登場

今回、バイオAIスタートアップのCraif株式会社と、国立がん研究センター東病院をはじめとする医療機関の共同研究チームが、まさにそのような新しい検査法の基盤となる技術を開発しました。

その方法は、なんと「尿」を使った検査です。
「尿でがんがわかるの?」と驚かれる方もいるかもしれませんね。実は、私たちの体の中では、がん細胞からも様々な物質が分泌され、それが血液や尿といった体液の中に含まれていることがあります。今回の研究では、特に「マイクロRNA」という小さな分子に注目し、それを尿から検出して食道がんの診断に役立てるという画期的なアプローチがとられました。

この技術が実用化されれば、身体への負担が少ない尿検査で、食道がんの可能性を効率的に調べることができるようになります。内視鏡検査を受ける前に、まず尿検査でリスクを評価できるようになれば、必要な人にだけ内視鏡検査を受けてもらうことができ、医療の効率化にも繋がるでしょう。

食道がん検出の仕組み:尿中マイクロRNAとAIの力

では、具体的にどのようにして尿から食道がんを見つけるのでしょうか?今回の研究では、主に以下の3つの要素が組み合わされています。

  1. エクソソーム
  2. マイクロRNA
  3. AI(人工知能)

一つずつ、分かりやすく見ていきましょう。

エクソソームって何?

エクソソームとは、私たちの体にある細胞から分泌される、とても小さな袋状の粒子のことです。例えるなら、細胞が他の細胞にメッセージを届けたり、情報を交換したりするための「宅配便」のようなものだと考えると良いでしょう。
このエクソソームの中には、送り出した細胞の様々な情報が詰まっています。例えば、遺伝子情報を持つDNAや、タンパク質、そして今回の研究で注目されたマイクロRNAなどが含まれています。
がん細胞からもエクソソームが分泌されることが分かっており、その中にはがん特有のマイクロRNAが含まれていることがあります。今回の研究では、尿の中に含まれるエクソソームからマイクロRNAを抽出し、解析することで、がんの情報を探り出しました。

マイクロRNAって何?

マイクロRNAは、細胞の中にある非常に小さな分子で、私たちの体の設計図である遺伝子の働きを調節する、大切な役割を担っています。例えるなら、遺伝子という大きな工場の中で、どの製品をどれくらい作るかを指示する「指示書」のようなものです。
健康な細胞とがん細胞では、このマイクロRNAの種類や量が異なることが知られています。がん細胞では、がんの発生や進行に関わるマイクロRNAが増えたり減ったりするため、この変化を捉えることで、病気の早期発見や診断の手がかりになるのです。

AI(機械学習)ってどんな働きをするの?

AI(人工知能)は、特に「機械学習」と呼ばれる技術が今回の研究で活用されました。機械学習とは、大量のデータを与えられることで、コンピューターが自らパターンやルールを学習し、未来の予測や分類を行う技術です。
今回の研究では、食道がん患者さんの尿と健康な方の尿から得られたマイクロRNAのデータをAIに学習させました。AIは、その膨大なデータの中から、「食道がんの人に特有のマイクロRNAの組み合わせや量」というパターンを自ら見つけ出し、それに基づいて「食道がんの可能性が高いか低いか」を判定する「アルゴリズム」を構築したのです。

このAIの技術があるからこそ、人間では見つけ出すのが難しいような、微細なマイクロRNAの変化を捉え、高精度にがんの有無を判定する可能性が生まれるわけです。

研究でわかったすごいこと!具体的な成果を見てみよう

今回の研究は、国立がん研究センター東病院、東京都立多摩総合医療センター、医療法人社団同友会 春日クリニック、医療法人社団康喜会 辻仲病院柏の葉、東京科学大学病院という5つの施設が協力して行われました。このような大規模な共同研究だからこそ、信頼性の高いデータが得られたと言えるでしょう。

尿中マイクロRNAとAIを用いた食道がん検出の非侵襲検査法の基盤となる技術開発に関する論文掲載のイメージ

多くの施設で協力して研究

この研究では、食道がん患者さん149名と、健康な成人152名の尿検体が集められ、詳細に分析されました。これだけ多くのサンプルを解析することで、より確かなデータに基づいてAIモデルを構築することが可能になります。

AIが食道がんを見つける「アルゴリズム」を開発

研究チームは、集められた尿検体からエクソソームを抽出し、そこに含まれるマイクロRNAの種類や量を次世代シーケンサーという最新の装置で徹底的に解析しました。
そして、その膨大なマイクロRNAのデータの中から、AIの一種である「Recursive Feature Elimination」という機械学習の手法を用いて、食道がんの検出に特に役立つ57種類のマイクロRNAを選び出し、それらを組み合わせた「アルゴリズム」(診断のルールのようなもの)を構築しました。

このアルゴリズムが、食道がんの有無を高精度に判定するための「鍵」となります。

早期の食道がんも高い精度で見つけられる可能性

開発されたAIモデルは、その性能が非常に良好であることが確認されました。
具体的には、モデルを訓練したデータでは「AUC 0.90」という高い数値を示しました。AUC(曲線下面積)は診断の正確さを示す指標で、0から1までの値を取ります。1に近いほど診断の性能が高いことを意味します。0.90という数値は、非常に高い精度で診断できる可能性を示しています。

さらに、モデルを訓練に使っていない、全く新しい独立した検証データでも「AUC 0.85」という良好な性能を示しました(感度84%、特異度66%)。これは、未知のデータに対しても、十分に高い精度で食道がんを検出できることを意味します。

特に注目すべきは、食道表在がん(がんが食道の表面にとどまっている、比較的早期のステージ0やステージIのがん)の患者さんに対しても、高い感度を示したことです。

  • ステージ0のがん:感度100%

  • ステージIのがん:感度91%

これは、症状がほとんど出ない早期の食道がんを、尿検査という非侵襲的な方法で非常に高い確率で見つけられる可能性がある、ということを示しています。これは、食道がんの早期発見にとって非常に大きな一歩と言えるでしょう。

治療の効果も尿でわかるかも?

さらに興味深い発見もありました。内視鏡治療や外科手術によって、がんが完全に切除された患者さんの尿を分析したところ、治療後にマイクロRNAの発現パターンが健康な成人のものに近づく傾向が見られたのです。
これは、尿中のマイクロRNAが、食道がんの存在だけでなく、治療によってがんがなくなったかどうか、つまり「治療の効果」を反映するバイオマーカーとしても役立つ可能性があることを示唆しています。もしそうであれば、治療後の経過観察にも、身体への負担が少ない尿検査が活用できるかもしれませんね。

この技術が私たちにもたらす未来

今回の研究で開発された尿中マイクロRNAとAI解析による手法は、食道がんの診断に革命をもたらす可能性を秘めています。

内視鏡検査の負担が減るかも

最も期待されるのは、内視鏡検査の負担を大きく減らせる可能性があることです。
現在、食道がんの精密検査は内視鏡検査が必須ですが、この新しい尿検査が一次検査として確立されれば、「内視鏡検査が必要な人を効率的に選別する」という役割を担えるかもしれません。
例えば、まず尿検査を受けて、そこで「食道がんの可能性が高い」と判定された人が、次に内視鏡検査を受ける、という流れになれば、不必要な内視鏡検査を減らすことができ、医療資源の有効活用にも繋がります。

もっと多くの人が検査を受けやすくなる

尿検査は、自宅で手軽に検体を採取できるため、内視鏡検査に抵抗がある人や、忙しくてなかなか病院に行けない人でも、気軽に検査を受けやすくなります。これにより、これまで食道がんの検査を受ける機会が少なかった人たちにも、早期発見のチャンスが広がる可能性があります。
継続的に検査を受けやすいという点も重要です。食道がんのリスクが高い人が、定期的に尿検査を受けることで、がんの発生を早期に察知できるようになるかもしれません。

ただし、まだ「研究段階」であること

ただし、ここで一つ大切なことをお伝えしておかなければなりません。
今回開発された技術は、非常に promising(有望)なものですが、現時点ではまだ「研究段階」であり、すぐに一般の医療現場で使えるようになるわけではありません。
プレスリリースにも明記されている通り、この技術は「日本の保険診療として認められたものではなく、一般診療で推奨できるものではありません。また、国の定めるがん検診としても推奨できるものではありません」。

実用化には、さらに大規模な臨床研究や、国の承認プロセスが必要になります。しかし、今回の研究成果は、その実用化に向けた重要な「基盤技術」を確立したものであり、将来への大きな期待を抱かせてくれるものです。

私たちは、この技術が一日も早く、食道がんで悩む多くの方々の希望となることを心から願っています。

論文情報

今回の研究成果は、日本癌学会の公式学術誌「Cancer Science」に掲載されました。

  • 掲載誌:Cancer Science

  • 論文リンク:https://doi.org/10.1111/cas.70298

  • タイトル:Development and validation of a urinary exosomal miRNA diagnostic panel for early detection of esophageal cancer

  • 著者:Tatsuro Murano, Hiroki Yamashita, Yuki Kano, Ken Takeuchi, Takayuki Amano, Takanobu Yoshimoto, Mayuko Otomo, Hisashi Fujiwara, Shin Namiki, Hiroki Yamaguchi, Yoriko Ando, Yumi Nishiyama, Mika Mizunuma, Yuki Ichikawa, and Tomonori Yano

Craif株式会社について

Craif株式会社は、2018年に設立されたバイオAIスタートアップです。がんの早期発見に特化しており、尿などの体液からDNAやマイクロRNAといった様々なバイオマーカーを高精度に検出する独自の解析技術基盤「NANO IP®︎(NANO Intelligence Platform)」とAI技術を組み合わせることで、がんの超早期発見、早期治療、早期復帰を可能にする革新的な検査法の開発に取り組んでいます。
「人々が天寿を全うする社会の実現」というビジョンを掲げ、バイオテクノロジーとAIの力で社会に貢献することを目指しています。