共同研究が解き明かす乳製品と健康の深い関係
2026年1月14日、国立大学法人弘前大学と雪印メグミルク株式会社が共同で運営する「ミルク栄養学研究講座」は、健康ビッグデータ解析による重要な研究成果を発表しました。この研究は、青森県弘前市岩木地区の住民を対象に、牛乳を含む乳製品の摂取量と、乳製品摂取後に感じる不快症状(乳糖不耐症様自覚症状)に着目。その結果、乳製品を摂取して不快な症状を自覚する人々は、カルシウム摂取量が少なく、さらには骨密度も低い傾向にあることが明らかになりました。
この研究成果は、栄養学に関する国際学術雑誌「European Journal of Nutrition」に2025年12月6日付で掲載され、その詳細が広く共有されています。
乳糖不耐症様自覚症状とは?
ここでいう「乳糖不耐症様自覚症状」とは、乳糖不耐症という診断を受けているかどうかに関わらず、牛乳や乳製品を摂取した後に腹部の不快感などを自覚する状態を指します。多くの人が経験する可能性のあるこの症状が、実は栄養摂取や骨の健康に影響を与えている可能性が示唆されたのです。
今回の研究は、弘前大学COI-NEXT拠点の参画機関として、岩木健康増進プロジェクトが持つ膨大な健康ビッグデータを活用して実施されました。弘前大学と雪印メグミルクは、「ミルク栄養学研究講座」を通じて、乳製品摂取と健康状態の関連性をさらに深く探求し、ミルクが持つ新たな健康価値の発見を目指しています。
研究の主なポイント
本研究では、日本人成人を対象とした健康ビッグデータを用いて、乳製品摂取後の不快症状の自覚と、栄養状態および骨の健康との関係が詳細に分析されました。
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カルシウム摂取量と骨密度の関連: 乳製品摂取後に不快症状を自覚する人は、牛乳やカルシウムの摂取量が有意に少なく、さらに前腕部の骨密度が低いことが示されました。これは、乳製品を避けることで、骨の健康に必要なカルシウムが不足している可能性を示唆しています。

グラフは、自己申告型乳糖不耐症の有無による骨密度Zスコアの比較を示しています。不快症状を自覚するグループ(自己申告型乳糖不耐)の方が、骨密度Zスコアが低い傾向にあることが見て取れます。 -
乳糖分解乳の認知度: 乳糖の含有量が少ない乳飲料である「乳糖分解乳」に関するアンケート調査も実施されました。その結果、不快な症状の有無にかかわらず、乳糖分解乳の認知度や飲用経験が低いことが判明しました。このことから、乳糖分解乳のさらなる認知度向上が、乳製品摂取をためらう人々にとっての解決策となる可能性が考えられます。

この円グラフは、牛乳を飲んだ後にお腹がゴロゴロする、お腹が張る、気持ち悪くなる、下痢になるなどの不快な症状を感じることがあるか、というアンケート結果を示しています。約22%の人が何らかの症状を「いつもなる」「よくなる」「時々なる」と回答しています。

乳製品摂取後に腹部の不快感を覚える人々がいることを示すイメージです。
論文の詳しい内容を見てみよう
この研究の論文題名は「自己申告型乳糖不耐とカルシウム摂取量・骨密度との関連:岩木健康増進プロジェクト健診データの横断解析」です。
1. 研究の背景と目的
牛乳や乳製品を摂るとお腹がゴロゴロするなど、不快な症状を自覚する人(自己申告型乳糖不耐)は、乳製品を避ける傾向にあります。これがカルシウム摂取量の不足につながり、骨密度が低くなる可能性が指摘されていました。しかし、これまでの日本では、一般の人々を対象に、この自己申告型乳糖不耐が栄養状態にどのような影響を与えるかについての研究はあまり多くありませんでした。
そこで、本研究では、青森県弘前市岩木地区の住民を中心とした大規模な地域健診データを使って、自己申告型乳糖不耐と骨の健康の関連性について詳しく調査し、この症状が引き起こす栄養学的な課題を明らかにすることを目指しました。
2. どんな方法で調べたの?
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対象者: 2023年に実施された岩木健康増進プロジェクト健診に参加した843名が対象となりました。これらの参加者は、牛乳・乳製品の摂取量などに関する問診票に回答し、骨密度の検査も受けていました。
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測定項目:
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乳製品摂取量: 食事歴法という方法を用いて、日頃の牛乳・乳製品の摂取量を算出しました。
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問診票: 乳製品摂取後の不快症状の自覚(自己申告型乳糖不耐)があるかどうか、また乳糖分解乳の認知度や飲用頻度についてアンケート調査を行いました。
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骨密度: 二重エネルギーX線吸収測定法(DXA法)という精密な検査方法で、前腕部の骨密度(ZスコアおよびTスコア)を測定しました。
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解析方法: 牛乳・乳製品摂取による腹部不快症状の有無が、カルシウム摂取量や骨密度にどのような影響を与えているかを解析しました。この際、年齢や性別など、これらの結果に影響を与える可能性のある他の因子(交絡因子)を調整しながら、重回帰分析や傾向スコアマッチングといった統計手法を用いて、より正確な関係性を導き出しました。
3. 研究の結果、何が分かったの?
健康ビッグデータを解析した結果、以下のような重要な点が明らかになりました。
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自己申告型乳糖不耐の割合と栄養摂取: 対象者843名のうち、22.7%の人が自己申告型乳糖不耐を有していました。これらの人々は、牛乳およびカルシウムの摂取量が有意に低い値を示していました。これは、不快な症状を避けるために乳製品の摂取を控えることが、結果的にカルシウム不足につながっている可能性を強く示唆しています。
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骨密度との関連: 骨密度に関する詳細な分析(重回帰分析)の結果、乳製品摂取による不快症状を自覚する人において、橈骨(前腕の骨)の骨密度Zスコアが低いという関係が見られました。さらに、傾向スコアマッチングを用いた解析でも、自己申告型乳糖不耐と橈骨骨密度(骨塩量およびTスコア)との間に、同様に低い値を示す関係が確認されました。これは、乳糖不耐症状を持つ人々が、骨粗しょう症のリスクを抱えている可能性があることを意味します。
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乳糖分解乳の認知度: 乳糖分解乳に関する調査では、乳糖不耐症状の自覚があるかどうかにかかわらず、その認知度や飲用頻度が低いままであることが明らかとなりました。
これらの結果から、乳糖不耐症状の自覚は、乳製品の摂取を避ける行動につながり、それがカルシウム摂取量の減少、ひいては骨密度の低下に関連していることが強く示唆されました。
これからの健康のために
今回の研究結果は、骨粗しょう症予防の観点から非常に重要な示唆を与えています。特に乳糖不耐症状を自覚する人々に対しては、カルシウム摂取が積極的に推奨されるべきです。乳糖分解乳は、乳糖による不快症状を気にすることなく乳製品からカルシウムを摂取できる有効な手段となり得ます。しかし、その認知度がまだ低い現状を考えると、今後は乳糖分解乳のさらなる普及と認知度向上が、多くの人々の健康維持に貢献するために必要不可欠であると言えるでしょう。
「ミルク栄養学研究講座」と「岩木健康増進プロジェクト」の取り組み
今回の研究を主導した「ミルク栄養学研究講座」は、弘前大学が長年実施してきた「岩木健康増進プロジェクト」の超多項目健康ビッグデータを活用し、腸内菌叢の役割や、乳製品摂取を含む食事パターンと腸内菌叢の関連が、集団および個人の健康状態に与える影響を解明することを目的としています。
「弘前大学COI-NEXT拠点」は、文部科学省・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に採択されたプロジェクトです。この拠点では、健康を基軸としたヘルスケア産業の創出を通じて、地域の人々の健康増進と経済発展を両立させ、全世代が生きがいを持って働き続けられる、質の高い生活(well-being)を実現する地域社会モデルの構築を目指しています。
「岩木健康増進プロジェクト」は、弘前大学が青森県弘前市岩木地区で2005年から継続している大規模な合同健康調査です。約3,000項目という世界でも類を見ない膨大な健診項目を設けることで、巨大な健康ビッグデータを蓄積しています。このデータは、認知症や生活習慣病などの早期発見や予防方法の創出、そしてその社会実装に役立てるための研究活動の基盤となっています。
これらの共同研究やプロジェクトは、日本の健康寿命延伸に貢献するための重要な取り組みであり、今後のさらなる研究成果が期待されます。
